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千葉地方裁判所 平成2年(ヒ)3号 決定

申請人

町辺勝守

右代理人弁護士

中野寛一郎

被申請人

滝本君樹

右代理人弁護士

舩越豊

主文

申請人が被申請人の平成元年一二月二八日付売渡し請求に基づき被申請人に売り渡した航空集配サービス株式会社額面普通株式一〇四〇〇株の売買価格を一株につき金五〇六六円と定める。

理由

一申請人は、主文記載の株式の売買価格の決定を求めた。

二申請の理由

1  申請人は、航空集配サービス株式会社(以下「本件会社」という。)の株主で、一万四〇〇株(以下「本件株式」という。)を有しているが、本件会社の定款には、同社の株式を譲渡するには取締役会の承認を必要とするとの規定がある。

2  申請人は、平成元年一二月一五日付で、本件会社に対し、本件株式を中条勇に譲渡することの承認及び譲渡を承認しないときは譲渡の相手方を指定するよう、請求した。

本件会社は、同年同月二六日付で、申請人に対し、申請人の株式譲渡を承認しないこと及び譲渡の相手方を被申請人と指定することを通知した。

被申請人は、同年同月二七日、本件会社の最終の貸借対照表(平成元年三月三一日現在)に基づく会社の現存純資産額一億四〇七五万五六六円を発行済株式総数一〇万四〇〇〇株で除した一株当たり一三五三円三七銭の一万四〇〇株に相当する額一四〇七万五〇五七円を供託し、翌二八日、供託証明書を添付して、申請人に対し、本件株式を被申請人に売り渡すよう、請求した。

申請人は、平成二年一月五日、右株式に相当する株券を供託し、同月八日付で被申請人に対し、供託の通知をした。

3  株式の買取価格決定に当たっては、時価に基づく純資産価額方式によるべきである。

ところで、本件会社の前記最終の貸借対照表のうち、土地の価額三億九七二五万七一九八円は、正常価格によれば一一億一五六三万九〇〇〇円(鑑定結果)であるから、この価額によって計算すると、再調達時価説(会社の事業の継続を前提とし、現状の姿で資産を再調達すると仮定した場合の価額)によれば一株七七三五円(別紙一のとおり)、清算価値説(会社の解散を想定し、資産の予想売却価額から負債及び清算所得に対する法人税等を控除した額)によれば一株四三一三円(別紙二のとおり)となる。

また、会社の資産のうち、別紙六記載の番号一八の土地の価額を五億九六六〇万円(〈証拠〉)とすると、再調達時価説によれば一株九五三二円(別紙三のとおり)、清算価値説によれば一株五一五七円(別紙四のとおり)となる。

そして、本件会社の業績は順調に推移しており、近い将来において解散は予想されないから、清算価値ではなく再調達時価によるべきである。

三被申請人の主張

1  株式の買取価額は純資産価額方式によるのが相当である。

ところで、本件会社の平成元年三月三一日現在の資産のうち土地の価額三億九七二五万七一九八円は時価により八億八一〇五万三七五五円と評価し(別紙六記載番号一八の土地は、千葉県の買戻権つきで、売却すれば代金一億七五一八万四七五五円で買い戻されるため、一億七五一八万四七五五円と評価し、その余の土地については鑑定結果によったもの)、会社の資産を売却すると売却益に対し法人税五三パーセントが課税されるから、評価差額に対する法人税相当額を控除すると、純資産額の残額は三億三八三四万七九二一円であり、会社の株式の評価額は一株三二五二円であるが、「相続税財産評価に関する基本通達」に準じてその八〇パーセント相当額である二六〇三円を一株の評価額とすべきである。

四決定理由

1  本件を審理した結果、申請の理由1及び2の事実が認められる。

2  譲渡制限株における株式買取請求の制度は、取締役会が株式譲渡を承認しないために投下資本回収の道を封ぜられることへの救済手段であるから、買取代金額は、譲渡が承認された場合に得られたはずの売買代金額に見合うものであることが理想的である。

しかし、その金額が明らかにされない場合、買取請求者が主張する金額の相当性に疑問がある場合及びなんらかの特別の事情により合理的でない代金額が約定されている場合等には、合理性のある代金額を決定せざるを得ない。

この売買代金の算定方式として、純資産価額方式、類似会社(又は類似業種)比準方式、配当還元方式、収益還元方式及び取引先例価格方式などがある。

純資産価額方式には、簿価純資産価額方式と時価純資産価額方式とがあり、前者は、簿価純資産が名目資産であるため、貨幣価値の低下又は地価の高騰などに起因する名目資本と実質資本の乖離が大きい場合や、過去の経営実績が悪かったため繰越欠損金は多額であるが最近の業績は著しく改善されているというような場合には適当ではなく、後者は、企業の純資産を時価に評価替えして総負債を控除するもので、事業継続を前提とする会社の評価については、これのみによることは適切ではないとされる。

類似会社(又は類似業種)比準方式は、比較の対象として適切でかつ取引事例のある会社(株式の取引価格の相場が容易に知られうる会社)の選定が可能な場合に、比準に当たっての修正が適切に行われる限り、合理的な算定方式とされる。

配当還元方式は、将来期待される配当金額に基づいて株価を算定するので、長期にわたる配当の予測を要するが、これが的確になされうる限り、売買当事者が配当のみを期待する一般投資家である場合、最も合理的な算定方式であるとされる。

収益還元方式は、将来期待される当該企業の収益に基づいて算定するもので、経営支配株主又は経営参加株主にとっては適当な算定方式であるとされる。

取引先例価格方式は、市場性のない株式の取引先例が株式の交換価値を適正に反映していることは稀であるとされる。

3  そこで、本件株式の売買価格の算定方法について検討する。

(1) 審理の結果によれば、次の事実が認められる。

ア  本件会社は昭和四八年八月に設立されて以来、貨物運送を業としており、従業員は約三〇〇名である。年一回決算で、昭和六一年三月期から同六三年三月期までの業績は、売上高がそれぞれ一七億四〇〇〇万円、二一億七五〇〇万円、三〇億五〇〇〇万円、税込み利益はそれぞれ四三〇〇万円、六〇〇〇万円、八一〇〇万円であり、配当率はいずれも一五パーセント(一株につき七五円)である。

設備を拡張して増収を続けており、空港関係の運送業者としての地歩を高め、営業基盤は固い。

イ  申請人が本件で譲渡承認を求めた株式数は会社の発行済株式総数の一〇パーセントであって、会社の経営を支配するに足りるものではない。

申請人は、会社創立当初からの原始株主であり、昭和六二年一月まで専務取締役又は常務取締役であった。

(2) 右の事実に基づいて考える。

ア  本件会社は、業種としては陸上貨物運送業に属するが、空港に関係のある運送を業とする点で特殊性があり、類似会社比準方式によることは困難である。

イ  本件会社の利益配当率は直近の三年間で一定しているので、会社の業績が年々伸長している事実をもあわせ考えると、将来においても同様の配当率を維持できる公算が高い。

したがって、配当還元方式に適する場合であると考えられるが、本件株式数が発行済株式総数の一〇パーセントに相当することから、譲受人において会社の役員として経営に参加できる可能性もあり、その場合に得られる役員報酬は年額七八万円の株式配当金より相当多額となることを考慮すると、配当のみを期待する一般投資家の場合とはやや異なる面がある。

したがって、配当還元方式のみによって本件株式の売買代金を決定することは、適当ではない。

ウ  次に、本件株式の発行済株式総数に対する割合から会社経営に参加できる可能性がないではないとしても、一〇パーセントでは経営支配株主とはなり得ない場合であり、収益還元方式に適する場合ではない。

エ  取引先例方式については、審理の結果によれば、昭和五七年四月から同六二年三月までの間に本件会社の株主が取締役の承認を得て株式を譲渡した事例が五件あるところ、その売買株数は四〇〇〇株二例、三〇〇〇株一例、六〇〇株二例であって、売買代金はすべて額面どおりの一株五〇〇円であったことが認められるけれども、非上場株で、経営参加も期待できない右の程度の株式数では、新株主は配当に期待する他はないから、額面金額で売買されたのは当然ともいえ、右代金が本件会社の実質資本を考慮した上で決定されたなどの事情は格別うかがわれないから、適切な取引先例であるかどうかは疑わしい。

それゆえ、取引先例方式によることはできない。

もっとも、この先例は、経営実績の良好な会社の株式であっても、上場の時期が近いとか特別な事情があって高額で買い受ける買主が現れない限り、非上場株式をその客観的価値相当額で売却することは困難であることを示すものといえる。

オ  純資産価額方式は、株式の客観的価値を算定する方法として一定の合理性をもち、買取価額の決定は会社の資産状態その他一切の事情を斟酌して決定すべき(商法二〇四条ノ四第四項)ものとされることからも、買取価格の決定に当たり第一に考慮されるべき方式であるといえる。

そして、本件会社のように資産として土地を保有し、かつ後述するとおり土地の簿価と時価の乖離が著しい場合には、簿価によって資産の価額を算定するのは相当ではないから、簿価純資産価額方式ではなく時価純資産価額方式が適当である。

また、時価純資産価額方式による場合にも、事業継続を前提とする評価であるから、会社の解散を想定して全資産を換価した額から清算所得に対する法人税を控除した額に基づく残余財産分配額によるのは相当ではなく、全資産の評価時点における市場価額によるのが相当である。

カ  譲渡制限株の買取価額は、請求人が現実に手にすることができたであろう売買代金に代わるものであるから、買取価額の決定に当たっては、株式の譲渡が請求どおり承認された場合に請求人が手にすることができたであろう売買代金額を考慮することが必要である。

しかしながら、本件において申請人が譲渡の相手方に売り渡した場合の代金額は明らかではないし、申請人が本件株式の純資産価値で売却できた可能性を認めるに足りる資料もなく、更に本件会社が近い将来解散して株式の解散価値を現実化する可能性も乏しい。そして、本件株式の所有によって請求人が現実に得た経済的利益が配当金及び役員報酬であることは前述のとおりである。

このような事情を総合すれば、本件買取代金額は、請求人が支払を受けた役員報酬をも配当金の変形とみなした上で、配当還元方式による株式価格と純資産価額方式による株式価格の平均値をもって買取代金額と定めるのが相当である。

4(1)  審理の結果によれば、申請人は、会社設立(昭和四八年八月)当初から昭和六二年一月二六日まで専務取締役又は常務取締役であり、役員報酬として(納税上は給与所得として)昭和五九年中に七八四万円、同六〇年中にも同額、同六一年中には八九六万円の支給を受けていたこと、このほかに同六一年の配当所得が年額七八万円存在した事実が認められる。

しかし、右給与所得は、会社の原始株主であり、専務取締役又は常務取締役として会社の経営に参加した申請人にしてはじめて得られたものであり、かつ右所得中には実質上の賃金が含まれているとみるのが相当であるから、本件株式を譲り受ける被申請人において、その所有株式に基づき取締役の地位を得ることができたと仮定しても、申請人と同等の役員報酬を得られるとの保証はない。

それゆえ、申請人の給与所得中、六〇パーセントは賃金に相当する部分、四〇パーセントが純粋の役員報酬に相当する部分と推定し、かつ期待利回りを年一〇パーセントとすると、配当所得と役員報酬の合計額四三六万四〇〇〇円に対する株式の価額は四三六四万円(一株当たり四一九六円)となる。

(2) 一方、純資産価額については、本件会社が近い将来解散する可能性に乏しい以上、全資産の評価時点における客観的価額から負債を減じたものによるべきであるが、現実に資産の客観的価額を把握することは困難なので、原則として評価基準時に直近の決算期末の貸借対照表に記載された金額によることとし、そのうち簿価と時価の乖離が著しいこと顕著であるところの土地の価額についてのみ鑑定によって認められる客観的価額によることとする。

資料によれば、本件会社の直近決算期である平成元年三月三一日現在の貸借対照表は別紙五のとおりである。

そのうち、土地の価額三億九七二五万七一九八円は別紙(6)の一八筆の土地についてのものであるところ、鑑定の結果によれば、右土地のうち番号二と一三を除く一六筆の評価時点における正常価格は一一億一五六三万九〇〇〇円とされるのであるが、そのうち番号一八の土地は、千葉県が公有水面を埋め立てて分譲した土地であるため、千葉県知事により公有水面埋立法二七条一項の規定に基づき、知事の許可を受けないで所有権の譲渡又は地上権、質権、使用貸借による権利もしくは賃借権その他の使用及び収益を目的とする権利の設定をしてはならない旨の制限が課せられており、かつ買戻金額を一億七五一八万四七五五円、買戻期間を昭和七二年一二月二五日までとする買戻特約が千葉県と本件会社との間で締結され、登記されている事実が認められるから、この土地は少なくとも買戻期間が満了するまで知事の許可なしには自由な処分が許されず、単純な転売について知事の許可が下りないことは自明であるから、この土地をこのような制限のない土地に比準して出した鑑定結果は、正当ではない。この土地の評価は、転売した場合に買戻権を行使される結果支払われる買戻代金額と同一とするのが正当である。

そこで、前記鑑定価格一一億一五六三万九〇〇〇円から番号一八の土地の鑑定価格四億九七七万円と買戻価格一億七五一八万四七五五円との差額二億三四五八万五二四五円を減じた額八億八一〇五万三七五五円が前記一六筆の正常価格となる。

残る二筆については、正常価格も簿価も明らかではないが、いずれも地目公衆用道路で、番号一及び一二の土地と公道との間に位置することが認められるから、不動産競売において通常用いられる減価割合に従い、番号一及び一二の土地の価格一平方メートル当たり三五万円の一〇パーセントとするのが相当であり、その面積合計19.98平方メートルの価格は六九万九三〇〇円である。

そうすると、番号一から一八までの土地の価格の合計は、八億八一七五万三〇五五円である。

前記貸借対照表中の土地の価格を右八億八一七五万三〇五五円とし、資産総額から負債総額を控除すると、純資産額は三〇億六一八六万四九八七円であり、負債総額二四億四四四〇万九八九七円を控除すると、純資産額は六億一七四五万五〇九〇円となり、一株当たりでは五九三七円となる。

(3) そうすると、右(1)(2)の平均値五〇六六円が本件株式の評価額となる。

5  よって、主文のとおり決定する。

(裁判官稲守孝夫)

別紙〈省略〉

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